小さな将軍閣下(妖精サイズIF)

END後/ドタバタ、甘め/ストロールの体が妖精サイズになる話

「かわいいね」
「ああ、はいはい。ありがとうな」
 ベッドの中で裸の王に声を掛けられる。好きに言っていろ。こっちはお前にいじくられた体に鞭打ってシャワーを浴びてきた帰りなんだぞ。
「もう寝かせてくれ」
 それでも止まないかわいい、の囁きを子守唄にして、すうっと眠りに落ちた。

「ストロール、かわいいね」
 休憩中に街のベンチでぼんやり過ごしていたら、後ろからサボり王の声がした。
「おい、外で言うのは……!」
 いくら人通りの多い大通りとはいえ、白昼堂々するような声掛けではないだろう。
「この子のことだよ」
 にゃーん。振り返ってみれば、王が猫を抱えている。黄茶の体毛に焦げ茶のブチが入ったやつだ。なんと! 俺じゃなかった! 晴れた昼中の王都に雷が走る。国王陛下の腕に抱かれた獣は『ねこのほうがかわいいですけど?』と言わんばかりにしなを作って得意げに挑発してきた。
 猫よ。そこは俺の場所だ。しかし、それを主張するには場所が悪すぎる。恨みがましくかわいい存在を睨みつけることしかできない。
「よし! わかった!」
「よせ!」
 こいつが『わかった』ときは大体、ろくでもないひらめきだ。
「ベルギッタ、猫の耳を模した装身具は……」
「ああ、試作中のもので良ければ。ラボにあるからすぐ取ってくる」
「結構です!」
 ローグ族の商会総代は俺の存在など見えていないようだった。高すぎるヒールを鳴らして足早に路地裏へ消えていった。
「楽しみだなー」
 抱かれるのに飽きた猫が王の腕からぬるりと飛び出して、人混みに紛れて見えなくなった。両手の空いた陛下が満面の笑みでこちらを見やる。
「嫉妬した? かわいいね」
「……そうですね!」
 一方、通りの向かい側では──近衛隊長が脱走した王を捜して叫んでいた。

「っていうことがあったね」
「あったな」
「それで、ストロールがガリカと同じくらいの大きさだったら──」

 そんな与太話をした次の日、目を覚ますと本当に体が小さくなっていた。
 天井が限りなく遠く、立ち上がれば布の壁が行く手を阻む。白の中で遭難していた。
「助けてくれ!」
「どこだ、ストロール!?」
「ここにいる! 布の中……!」
 あらん限りの力で叫んで助けを求めれば、大きな両手が深い布だまりから俺を掬いあげた。救出されたばかりの小さな体を見て、王はくすりと笑う。
「かわいくなっちゃったね」
「笑いごとじゃないだろ」
 まずいことになったが、まだ寝間着だったおかげで剣や荷物に潰されずに済んでよかった。普段の装備のままだったら、ぺちゃんこにされていたかもしれない。
「とりあえず、これ巻いておいて」
 さっとハンカチを巻かれる。しわくちゃだが生地は上等なもので、裸の肌を優しく包んでくれた。
「ふゎ、お前の匂いしかしない」
「我慢して。でも、ずっと布に包まってるわけにもいかないよね」
 すん、と香りを嗅ぐ。二人してどうしたものか、とぶつぶつ言い合っていると妖精がつい、と寄ってきた。
「おはよう。なにそれ……って、ストロール!?」
「……おはよう。あんまり見ないでくれ! 裸だから!」
 頭までハンカチを被り直して、小さく丸まる。いくら妖精といえど、女性に対していたずらに肌を見せるのは良くない。
「へえ。ずいぶん可愛くなったものね」
「うん。ストロールはもともとかわいいんだけど」
「はいはい。寒そうだし、工房で服を作ってもらったら?」 
「え、作れるのか」
「そうよ。いつもの服は着られないでしょ? あたしも新しいワンピース作ってもらおうかしら」
「いいよ、一緒に頼もう。この間のスカートも素敵だった」
 妖精がくるくると舞う。どうやら仕立ての腕はお墨付きらしい。
「やった! 決まりね。じゃ、行きましょ」
「こっちはガリカの肩だから、ストロールは反対側乗って」
 勢いよく肩に乗せられて、視界がぐわんと大きく揺れる。担がれた麦と同じ姿勢になった俺は、もうすでに王の肩からずり落ちそうだった。
「危ない! 襟元に入れてあげたほうがいいわよ!」
 間一髪のところでガリカがぴゅん、と飛んできて体を支えてくれる。
「ありがとな……。助かった」
「あいつ、急に雑なときあるわよね」
 本当に。眉間に皺を寄せたまま頷いた。予測不可能なところが彼らしいと言えばそうだが、今日はあらゆることが命の危機に関わりそうで恐ろしい。
「悪口、聞こえてるから!」
 のんきに歩き続けていた主君が文句を言いながら、布に包まれた俺を襟元に匿う。
「じゃ、ここからは急いで行くよ」
 しっかり捕まっててね、という不穏な予告と共に、銀の剣がきらめいた。

 本当に信じられない速度でかっ飛ばしているのだろう、時折ガリカの叫びが聞こえた。王だろうが構いやしない、あとで自警団に通報してやる。襟元に入っていても吹き飛びそうな圧に、気が遠くなる。視界が真っ暗になる直前で浮遊感がなくなって、ようやく着いたのだと安堵のため息をついた。
 踏み入れた工房の中は薄暗く、かたかたとお針子の作業する音が響いている。見本なのか、トルソーに紳士服、婦人のドレス、人形の服が着せてあった。
「どんなデザインにしてもらう?」
 王がのんきに尋ねてくる。小さくなっても俺の乗り物酔いは相変わらずで、布に包まれた体を工房のカウンターにぐったりと横たえる。そもそも、飛べたら酔わないのでは?
「羽が欲しい」
 そう言い残して、目を閉じた。

 どれくらい時間が経ったのか、気を失っている間に服が仕立て上がったらしい。着てみて、と王に促されて精巧に作られた肌着と上下の揃いに袖を通す。俺の寝言は要望と捉えられたのか、背中には妖精の羽を模した飾りがついていた。
「本物みたいだ」
「うん、よくできてるわね」
「飛べないし、お前の手伝いもできないけどな」
 はあ、と腰に手を当ててため息をつく。

「ありがとね! 帰りは安全運転してあげてよ」
 新しい服に身を包んだガリカが、にっこりと笑いながら王に釘を刺す。暴れん坊が不満げに頷いたのを見届けた妖精は羽をきらめかせ、通りの向こうへ飛んでいった。
「ストロール、今日は王宮に泊まる?」
「急に行くわけにはいかないだろ」
 忠告どおり、周りの景色と会話を楽しむ余裕がある程度の速度でゆらゆらと進んでいく。
「その体で帰れる? 家のことだってできないでしょ」
 帰れるわけがない。一人で鍵も開けられないだろう。押しかけるのは本意ではないが、嘘をつくほうが嫌だった。
 
 朝は布団の中で遭難していて気づけなかったが、王の私室は広い。外から入ってみれば、今の体で端から端まで歩くのに一日かかりそうな距離に感じた。
「もう遅いし、寝ちゃおうか。隣で寝る?」
「断る。潰されそうで嫌だ」
「ふふ、そう言うと思った。どうぞ」
 キャビネットの上に、人形サイズのベッドを据えられる。
「準備が良いな」
「ガリカの予備を借りてきた。サイズは良さそう?」
「手足が伸ばせて快適だよ」
 寝台に転がりこんで、ふわふわの布団を被る。俺がうとうとし始めても王は横にならず、こちらを見つめていた。毎日忙しいのだから、少しでも長く休めばいいのに。
 まばたきの間隔が長くなって、まぶたが重くなってきても刺さるような視線を感じる。なんでこいつ、ずっと見てるんだ? 眠い体を思い切って起こし、問いかけた。
「どうした?」
「せっかく二人だけど、できないね」
 ベッドに腰掛けて向き直る。
 小さくなった俺から見た王は、大聖堂前で彼が恐化したときと同じくらいに大きく見えた。でも、今のこいつは怖くない。いつものきらきらした丸い瞳がこちらに向けられている。俺もその曇りなき輝きを見つめ返す。
「この大きさで欲情されてもな」
「するよ? だってストロールのままだし」
 つむじのあたりを指先で撫でてくる。普段上から触れられることのない箇所を擦られて、胸が疼く。
「……ッ」
 ひとしきり撫でて満足げに離れていく指を必死に捕まえて、口づける。離したくなくて歯を立ててやれば、一瞬あいつの目が鋭くなって腰を掴まれる。そのまま口元まで持っていかれて、腹のあたりでちゅう、と音がした。
「待て! た、食べられるかと思った!」
 顔が真っ赤になっている自覚はあった。それに、うかつにも反応しきった体を眺められる。正直、気まずい。食べられたほうがマシだったかもしれない。
「やっぱり口がいいな。キスしていい?」
「どうぞ……って俺からしたほうがいいか。的が小さいから」
「ふふ。お願いします」
 王は小さく笑ったあと、神妙な顔で待っている。いつもより長く、静かに唇を触れ合わせた。安心がじんわり沁みていく。それと同時に今日の疲れがどっと押し寄せて、体が一気に重くなる。
「寝て起きても、小さいままだったらどうしような」
「大丈夫だよ、キスしたから」
 何の根拠もない。でも、戻らないと決まったわけでもない。それならきっと、目の前の言葉を信じたほうがいい。
「ん……そうだな。おやすみ」
 枕に沈む頭を優しく撫でられる。明日も一緒にいられるなら、大丈夫だ。大きさの違う指と手をそっと合わせて、眠りについた。

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