甘露の日和

歌劇場事件後~9/23の間/両片想い/告白と初キスの話/青春

 むっちりとしたまんじゅうを二つに割って差し出す。
「はい。肉は入ってないけど美味しいよ」
 丁寧に包んだばかりのヨモギが丸出しになっていた。昇ってきた熱い湯気とは裏腹に、うっすら寒いほど涼やかな匂いがする。ベンチに腰掛けるストロールはどこか渋い笑顔で受け取って、もそもそ食べ始めた。美味い、とは言ってくれない。
「歌劇場でのこと、すまなかった」
「皆大変だった。場を収めてくれて感謝してる」
「もっと上手くやれたんじゃないかと思って……」
「できる事はした」
「いつでもそうやって、俺の欲しい言葉をくれるな」
「そうだといいんだけど」
 旅の途中で色んな立場の人に出会って、困りごとを聞いてきた。なぜかいつも求められている正解がわかって、見えたことばを選んでいるだけのような気がしている。対話によって引き出した魔力を対価に、魔法を修めていく。その流れの中で、どこまで本当の自分のことばなのかがわからない。海の上でひらめいた、このきらきらの正体を確かめたいという気持ちは本物なのだろうか。
「今、こっちが何を言ってほしいかわかる?」
 はじめから使命を果たすことへの迷いはなく、親友を次代の王に就けるためなら手を汚す事も厭わない。実際あの夜、仇敵の腹に風穴を開けてみせた。返り血にまみれても目を逸らさず啖呵を切って、突いた槍を深く押し込んだ。肉の手応えがまだ体に残っているような気がする。結局ルイは生きていて、決戦は持ち越しになってしまったけど、もう一度。今度こそ、とどめを刺す。具のたっぷり詰まったまんじゅうの皮をいじって、残りの一口を押し込んだ。蒸した草は、ほんのり苦かった。
 まだストロールからの返事はない。無茶な期待をしていたわけじゃなくて、やっぱり空っぽなのかもしれない自分に少し呆れてしまう。
「ごめん。別に意地悪で聞いたわけじゃなくて」
「悪い。お前がそういうことを言うのは珍しいから、考えすぎた」
「なんでもいい。なんでも嬉しい」
 使命を背負った旅の中で、流されてるつもりはない。でも、帰る場所がほしい。
 人の手助けができてよかったと心から思っていて、この役を疑うことなどなかったのに。自分にとって、誰が救いとなるんだろうか。愛を返してくれる者がいなければ、どんな強い王も崩れ去ってしまう。
「俺は、お前に出会えてよかったと思ってるんだ」
 いつも似たようなことしか言えないな、と目を伏せる。確かに、何度か聞いたかもしれない。けど、やけに乾いた心に沁みる。ここが寒いせいなのか、未知のきらめきについて考えていたせいなのかはわからない。今すぐ抱きつきたい。だってこれは、間違いじゃない。ぱちんと音がして、点と点が繋がる。
 まんじゅうを食べて温まった身体と慣れないことを考えすぎてのぼせた頭を、まるごと預けてもたれかかる。あったかい。
「触ってもいい?」
「今触ってることにはならないのか」
「ならない。角がいいから」
「どういう意味で言ってる?」
「恋」
 広場にひゅう、と冷たい風が吹き込む。落ちた葉がかさかさと這う音がする。
 返事は聞こえない。まだ旅は続くのに、どんな顔をして隣で過ごせばいいのか。義理堅いストロールはきっと使命を投げ出したりしないし、今日のことを背中の袋に入れてしばらく連れ歩く気がする。はあ、とため息をついて頭を動かすと、隣の彼が涙を流していた。あまりに静かで気づかなかったじゃないか、泣くほど嫌だなんて。泣きたいのはこっちなのに。ああ、もう。
「なんでストロールが泣くんだ」
 透明な雫がすう、とまっすぐ頬を伝って落ちていく。
「え? あ……悪い、あれ、どうして」
「嫌だった?」
「嫌じゃない」
 そんなにたくさん喋っていたわけでもないのに、喉の奥から振り絞るような声だった。下がった眉にいつもの理屈っぽさなんか欠片もなくて、ハリアで見た涙の粒とは全然違う。そんな顔、見たことない。
 ゆっくりゆっくり顔を近づけて予告する。鼻先をすり合わせても避けない。首を傾げて目線で尋ねてみる。まだ拒まれない。頬に唇を当ててみる。まだ逃げない。まばたきを二、三度送ってからちゅ、と唇を重ねてみる。初めてのキスは、ほんのり草っぽくて、ちょっとしょっぱい。秋なのに、春の味がした。
 芽吹きついでに角へ伸ばした手は、あっさりと却下される。
「やめろ」
「ばれたか」
「その前のも駄目だろ! どこだと思ってるんだ!」
「外!」
 魅了はすっかり解けて、眉間に深いしわが刻まれていた。まずい、長い説教の予感がする。ここは戦略的撤退というやつで、素早く太刀に飛び乗って街を駆ける。熱い頬は、山の空気にぶつかったって冷ませない。今夜は眠れるか分からないな。だって、さっきから心臓が暴れっぱなしなんだ!
 真昼の広場に不似合いな形相の戦士が、猛スピードで追いかけてくる。
 なんだ、ここが世界の真ん中だ。それならどこへだって行ける。すっきりした気分で、おぼろげに見える後ろの黄色に手を振ってやった。何を叫んでるかはわからないけど、どうせさっさと止まれとか、いい加減にしろとか、そんなつまらなくて可愛いことだ。
 早く追いついてくれ。希望(きみ)は、理想を掲げた者の後ろをついて回るんだろ?
「遅い! 遅いぞ、ストロール!」

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