ミルクと歯磨き(R18・ケーキバース)

もらったばかりの青い腕輪を撫でながら、初めてできた恋人に尋ねてみる。
「自分のどんなところを好きになったの?」
「うーん……美味そうにものを食べるところ」
隣に立つ彼は、目を細めて答えてくれた。

「それならヒュルケンベルグだってそうだ」
「いや。うまし! とはちょっと違うかな」
自分の知る限りでもっとも美味しそうに食事する者を挙げてみると、ストロールが額に手を当てて首を横に振った。
頭一つぶん大きな彼を見上げる。追いついて、追い越したい。包み込めるくらいに。

「たくさん食べて、大きくならないと」
夏の夜、潮の香りがした。

海都を離れてからは事件が立て続けに起こって、日記をつけるだけで精一杯だ。
王子と記憶を分け合い、その身に魔力を還してからすぐ王都に戻ることになった。
ひととき相見えた親友はまだ深く眠っているようで、心の中で語りかけてみても返事はない。
淡い水色になった自分の髪の毛をつまんで眺める。

「女将の料理、久しぶりだな」
食卓の隣の席にストロールが詰めてくる。初めてささやき亭に来たときより、旅の仲間もずいぶん増えた。
皆で食事を摂るなら少し距離が近くなるのも仕方ない。ということにして、そっと手を重ねる。
「お兄ちゃん、どうぞ」
声が聞こえて、ぱっと両手を挙げる。
横を見るとマリアが湯気の立った料理を運んできてくれていた。少し見ないうちにずいぶん頼もしくなったものだ。

「ありがとう。いただきます」
鮮やかな色のスープを匙で掬って口に含む。確か魚が入っていて、出汁が効いていたはずだ。
いま歯を立てた香り高い植物の根も、立派な具のひとつで──味がしない。
食事の動きを続けながら周囲の様子をうかがう。

「やはり……うまし!」
平時より抑えた声量ではあるが、ヒュルケンベルグの太鼓判が押された。
「おー、うめぇな」
鼻の良いバジリオも手早く皿をあけていく。
王都の味付けに慣れていないユーファだって、微笑みながらサラダを頬張っていた。

味は、ある、らしい。
今は色んなことがあって気が動転している。
肉体を受けたばかりで、まだ馴染んでいない可能性だってある。
それにルイとの決戦に向けて動き出しているし、柄にもなく緊張しているのかも。

二階の部屋でくつろぐ。裸足になってベッドに横たわり、考えを巡らせる。
明るい部屋の中でも眠くて、変な気分だった。
背を丸めて膝を抱えると、細長い影で視界が薄暗くなった。ストロールだ。

「具合でも悪いのか」
「なんで」
「食事の時にキョロキョロしてただろ」

腕を組んでこちらを見下ろす彼の太ももに、そおっと足の裏を乗せてみる。
「平気だよ、味がしないだけ」
「味? いつも通り美味かったぞ」
いたずらした足は軽くどかされて、ストロールが横に腰掛けてくる。

「うーん、まあ、調子が悪いのかも」
「じゃあ、俺でも食べてみるか?」
この非常時に何なんだ。
普段は人がふざけると叱ってくるくせに、急にとぼけたことを言い出すな。
がばっと起き上がって睨みつけると、濡れた犬のような顔で見返してきた。
仕方なしに唇を重ねてやると、とろけるような感触がする。

「え? 甘い!」
久々に感じられた甘味に、口の中がじーんとする。
我慢が諦めになりかけていたところだったから、なおのこと美味しい。
「甘いよ」
「俺は別に甘いと思わなかったけど」

「味! 味がするんだ」
ストロールの両肩を掴んで揺さぶる。
「もっと……」
揺れすぎて酔ったのか、少し青い顔をした恋人を押し倒して味わう。
その夜も、それからも隠れてたくさんキスをした。みんな気を利かせて黙っていてくれたのかもしれない。
足音や気配を感じなかったと言えば嘘になるけど、食欲には勝てなかった。

闘いと選挙に決着がついて、即位した年の夏──やっとベッドで手足を伸ばして眠れる生活にも慣れて、少し疲れを自覚してきた頃だった。
その日は特別暑くて、でも水が喉を通る感触も気持ち悪いし、味のしない魚を噛むのも嫌で避けてしまっていた。
からっぽの腹がぐうと鳴る。

「ストロール」
「どうした? もう寝ようか。灯りを」
隣の袖を引くと、泊まりに来ていた恋人が読みかけの本を閉じた。
甲高い耳鳴りがして、世界が傾いた。手がガタガタと震えて、何も掴めずに空を掻く。

「あ……!」
「医者を呼んでくる!」
「待って。行かないで」
こちらの顔を覗き込むストロールから甘い香りがする。
離れようとする腕をぎゅっと掴むとフォークがケーキを削り取るように、爪が肉をずぶずぶと割いていく。

「喉かわいた。し、お腹へった」
柔らかい。血がぱっと広がって、あっという間に袖が濡れて染まる。
真っ白なシーツにぱたぱたと赤い水たまりができていく。甘い匂いがした。
落ちた蜜でもこれだけなら、直に食べたらどんなに美味しいだろう。

血の垂れた白い肉を掴んで歯を立てようとした瞬間、頭の骨が大きく揺れた。
体が浮いて、ベッドに叩きつけられる。

「止まれ、この馬鹿!」
ストロールの声が聞こえて、ぼろぼろと涙が出てきた。
人と剣を交えたことはあっても、こんなふうに拳で殴られるのは初めてだった。
「晩飯は?」
「食べてない」
ぐすぐすと泣く。
頭が痛い。鼻の奥がツンとする。喉が狭くなってうまく息が吸えなくて、ときどき変な音が出た。

「腕の傷、すぐ医者に見せないと」
「こんな時間になんて言うつもりだ?」
そもそもなぜベッドで怪我をしたのか、どうして友を傷つけるような真似をしたのか。
問い詰められて答えられる気はしなかった。施療師の魔法で応急処置をして一息つく。
血が止まったのを確認したストロールが立ち上がって、テーブルの上に置かれた菓子箱を開ける。

「なんでもいいから食っておけ」
「よくない! ストロールを食べたいんだ!」
放り込まれた砂糖菓子を吐き出せないように、両手で頭と顎を挟まれる。
砂のような菓子を奥歯でざりざりと噛み潰して飲み下す。
こんなのじゃ薬を飲んでいるのと変わらない。

「食ったら、終わりだぞ」
「お腹が空いたよ」
強く抱きしめられて、心臓の音が聞こえる。耳の向こう側で命のリズムが刻まれている。
腹が少し落ち着いてきたようで、味がしないのに栄養はちゃんと届くんだな、とぼうっと考える。

「どうしたらいいか考えよう」
「食べさせて」
「本当に駄目になったら。どうしようもなくなったら、そうしてくれ」
「うん」
もう牙を立てずに済むように、何度もキスをした。

ストロールの腕を裂いてしまってから三回目の秋が来た。
中庭の木の葉はすっかり紅く染まり、吹き抜ける風は熱が抜け切って涼しい。
相変わらず味覚は戻らないままだ。恋人との身長差は埋まるどころか、向こうは鍛錬のおかげで体の厚みが増してしまった。
だけど、王様もちょっとは板についてきたと思う。

粘土を食べるような無の会食を経て、寝室のベッドでごろごろしていた。
ひとりで眠るには広すぎるけど、ふたりで過ごすにはちょうどよかった。
「さっき出た肉料理、すごかったな」
横のストロールがうっとりしながら話しかけてくる。こっちは味がしないままだっていうのに。
渋い顔で、いーっと声を出しながら胸元を掻く。

「美味しいんだろうなって思った。ストロール、皿まで舐めそうになってたよね」
「そこまではしてないって!」
馬乗りになって、食いしん坊将軍の胸を叩く。丸めた手で打ったところで、鍛えられた体はびくともしない。
それどころか怯まずに大きな手が伸びてきて、優しく頬に触れる。

「王様になったら美味いもの山ほど食えるはずだったのにな」
にやりと笑って嫌味を言ってくる。深謀遠慮の対極にある、浅いやつだ。
「美味いものならそこにある」
手を振り払って一気に顔を寄せた。
「角、出せ」
「さっきの、怒ってたりするか」
「ちょっとね! ほら」

頬をぺちぺちと叩く。
「国王陛下のお気に召すまま……」
大仰な文句を遮って上から角に口づける。根本から先まで舌で辿って舐め回す。
硬い角は飴のような甘味を含んでいた。食事の代わりにするようになって、以前よりも手入れを頑張ってくれているらしい。
汚れで腹を壊したり段差で舌を切ったりしないように、よく磨かれていた。

正面からでは反対側の角が刺さりそうで怖い。一旦口を離し、横を向かせる。
唇を当ててちゅうちゅうと吸うと頭に響くのか、小さく身じろぎする。
ストロールの首筋を指でなぞって答えの出ていることを問う。
「勃ってる?」

「しょうがないだろ!」
「ふーん」
耳まで真っ赤にして騒ぐ恋人を鼻で笑って、上だけ脱がせていく。
袖がなくなって現れた腕の傷をそっと撫でた。季節を越えても、肌に走る長い痕はどうしたって薄くならなかった。
暑いときは熱がこもり、寒いときには攣れて痛むという。利き手でないとはいえ、少なからず剣技にも影響が出てしまったはずだ。

「ごめんね」
「いいよ。気にするなって」
裸の胸に触れて、先にあるものを口に含んで軽く引くと、ストロールの背が反る。
舌の先を尖らせて掘るようにつついて、反対側を指で捻り上げた。ここからミルクが吸えたらいいのに。
盛り上がったふわふわの肉を揉んでみるけど、吐息混じりの甘い声しか出てこない。
下履きを脱がせようと腰のあたりに指を這わせても、布には当たらず、素肌を撫でるだけだった。

「自分で下ろしちゃった?」
中心は剥き出しになって、先から走るぬめりで照りが出ている。
自分が足をついていたせいで中途半端な位置に残った下着も、少し湿っているようだった。
「濡れる、から……誰のせいだと……」
軽く扱いてやるとストロールは高く鳴き、腰を使って自分の手を追いかけてくる。
慰めるように裏筋を指で辿れば、枕に埋めた顔に反して、脚が大きく広げられる。

「えーと、入れるのは」
表情が見えないまま、首を横に振られる。だめか。
さっき腹一杯に食事を詰め込んでいたから、それはそうだ。自分のものもすっかり出来上がっているんだけど。
「挟むのは?」
「して」

身につけていたものをすべて取り払って、お礼のキスをする。
あらためて覗き込んだストロールの両目は、バターのようにとろけていた。
また深く口づけると、潤んだ頬肉の内側を自分の舌が滑ってゆく。
さっき振る舞われた豪奢な肉もこんなコクがあったんだろうか。舌のざらざらした感触も、筋張ったところも舐め尽くす。

三時のおやつはストロールに限る。
角度を変えながら何度もねぶって、透明な糸が繋がってはぷつりと切れて、口の端に落ちた。
「ばぁか。あご、痛い」
大きな両手が自分の頭を引き剥がす。ふたりとも頬までよだれが伸びてべとべとだった。
枕を抱えさせて、腰を高くする。練り上げられた筋肉は見た目より柔らかな感触が指に返ってくる。

「いくよ」
閉じられた両脚の太もものあいだに熱を持った自身をくぐらせて前後に動けば、薄い皮膚が粘ってちゃくちゃくと音を立てる。
小さな声と、短く吐く息の音が聞こえる。中のうねりとはまた違う、温かく包まれるようなむっちりとした太ももの圧に暴発の危機を感じて、いったん動きを止める。
下にある大きな体を這うように登って肩に歯を立てれば、あっさり破れた皮膚からぶわっとミルクのような甘ったるい香りが立って鼻が埋め尽くされた。
「痛った!」
「ちょっと痛いのが好きなくせに」
「痛いのが好きなわけじゃない!」

そう言いながらも、へこへこと腰を振って前をシーツに擦り付けていた。
萎える気配のないものを握り込むと、分厚い太ももがぎゅうっと締まる。
「僕のことは?」
「……好き」
その返事に満足して耳の裏の産毛を舐めると、さらに高く鳴いて震える。
「よしよし、いいこ。けど、後でね」

右手の指で輪を作ってぬるぬるの根本をぎゅっと絞った。
「やだ、はやく」
「さっきみたいにシーツ使っちゃ駄目だよ。腰浮かせて」
恨めしそうにうめく声が聞こえた。差し出された体にもう一度乗り上げて、打ち付ける。
入れているわけでもないのに、できる限り奥に届けばいいと思った。ぐちゃぐちゃと先走りが混ざって、だんだん種が上がってくる気配を感じる。
外を擦られて漏れる恋人の声は、中を突くときより高く上擦っていた。

ここまで激しく甘えたふうに鳴くのは珍しくて、自分の口が嫌な形に歪むのを抑えられない。
左手をストロールの手に重ねて優しくさする。
「出すよ」
挟んだままのところにぶちまけて、残った分も熱の残る太ももを使ってすべて搾り出す。
ストロールのものを掴んでいた指を離しても、達した様子はない。
うつ伏せになっていた体を裏返すと、腕で目元を隠して涙声で訴えてきた。

「いけない……」
かわいそうなストロール。言いつけをよく守ったばかりに欲を解放できなくて、宙ぶらりんになっている。
ちゃんとご褒美をあげないと、触られるのが嫌になってしまう。まだ荒い息を強引に整えて、昂りを口に含む。
剥き出しになったところは、ほのかに味がした。

「え。何、して」
「いつものお礼?」
そう言ったつもりだけど、舐めながらだったからちゃんと伝わったかはわからない。
張り詰めていたせいかすぐに出された精をそのまま口で受け止めてやる。
「ぶえ」

液体のわりに硬い感触のものをストロールの下腹にべっ、と吐き捨てた。
「は⁉︎」
「ぇー……味しない……」
「何?」
「うーん、食べられるものが増えたらいいと思ったんだけど」

自分の唾液と混ぜて、なるべく急いで口の外へ追いやろうとする。
やっぱり本体じゃないと駄目みたいだ。それに、キスや角のほうが美味しいな。
口の端をぺろりと舐めて、ストロールの顔に這い寄る。察したらしい彼がこちらの頭を片手で掴んで必死に押し戻す。
勘のいいやつめ。

「今は絶ッ対に嫌だ! 歯磨いてこい!」
「はいはい」
「はいは一回! ああもう、体がベタベタする……」
「どうせ洗濯出すんだしシーツで拭けば」
「お前なあ」

全身舐めまわされたストロールはもうどろどろで、濡れていない箇所を探すほうが大変だった。
諦めきれずに拭くものを探して部屋を見渡していたが、取りに行くほうが汚れそうだと観念したのかシーツを剥き始めた。
ベッドから降りて寝室から続いている洗面所へ向かう。
裸足でぺたぺたと歩いていると、後ろから女神像のようにシーツを巻きつけたストロールに追い越された。

「そんなに急いでどこ行くの」
「風呂!」
大股の女神様はがらがらの声を響かせて、扉の向こうに消えていく。
夕方のとろんとした紫色が閉じた窓の外から入り込む。
透けたカーテンが笑うように揺れている、ような気がした。
最初に汲んだ水を口の中に通す。ブラシを取り出して、いつもの順序で磨く。
右上、右下、左下、左上。中央の上下も。最後はぶくぶくと、よくゆすいで。
「ごちそうさまでした」

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